火事になりかけた話

今日、午前に娘がやっと退院できた。
いっしょに家に帰ってくると、プラスチックが焦げたような異臭がする。
この一週間、ときどき臭っていたけど、原因がつきとめられず、娘の手術のことで頭がいっぱいだったし、臭いもすぐになくなるので、うちは窓を開けっぱなしにしているし、外からの臭いかとも思っていた。
でも、今日は玄関を開けた瞬間くっきりと臭った。それでもやっぱり原因がつきとめられない。今回も、あちこちのコンセントや家電類を嗅いでまわっているうちに臭いは消えた。

三時ごろ、また臭いはじめた。ついに、台所の電気のスイッチとコンセントのあたりが臭うことをつきとめた。
コンセントを引き抜くとコンセントが火傷するほど熱くなっている。引き抜いたまま様子を見ていると臭いが落ち着いたので、明日、電気屋に連絡しようと思ってそのままにしておいた。
夜9時になって、また臭いはじめた。様子を見ていると抜かれたままの差込口から煙が上がりはじめた。差込口が溶けて落ちくぼんできている。急いで家中の電気を消すと、差込口の奥が赤く光っているのが見える。動揺しながら、消防署に電話して、まだ火事にはなってないんですけど、と、事情を話すと、すぐにコンセントに水をかけるように、消防署もすぐ行くようにすると言われ、コンセントに水かけてもだいじょうぶなんですか、と聞くと、ええ、赤くなってるんですよね、すぐかけてくださいと言われ、コップで少し離れたところからコンセントめがけて水をかけると、ジュジュジュと音がする。何回かけても音がする。五回以上はかけた。おさまったようだったので、消防署も来るからと大慌てでそのあたりを片付けていると、コンセントの中からじじじじと音がしている。はらはらしながら娘と部屋のなかを片付けて回っていると、消防車とパトカーと救急車の音がまだ遠く外に聞こえていて、え、これ、うち?っと娘に聞いたその瞬間、ドアがノックされた。開けると、玄関の前に隊員が来ていて、続いてどどどどどどどっとすさまじい勢いで大量の隊員が狭い階段を駆け上ってくる。四階建てのビルごと揺さぶられるような振動で、どさどさと入ってくる。電話してからものの5分もかからずに、警察と消防署と救急の人が、ドアと外廊下が狭いため全員はとても確認できなかったけど、確認できた範囲でも10名以上は駆けつけていた。申し訳なくなりながら、いろいろ事情を聞かれて説明する。3畳の台所で、警察の人、消防署の人たちに囲まれて、それぞれ順番に同じことを聞かれ同じことを答え、それぞれの人がそれぞれに、コンセントを確認し、写真を撮り、最後には家じゅうの寸法を計り、家じゅうの写真を撮り、お互いに報告し合い、ああ、この人たちは単に消火するだけじゃないんだな。ただのボヤ騒ぎでも、こんなに仕事があるんだな、と思う。しかも、本当に親切でやさしい。電気屋の人も呼ばれて来て、コンセントを取り外してくれる。中は黒く焼け焦げていて、ここは木造(建物自体は鉄筋コンクリートなんだけど、天井が板で、木の柱とふすまがコンセントに隣接している)だから、あと少しほっておいたら、あっという間に屋上まで燃え上がるところだったと説明を受ける。うちは玄関からそのまま台所で、台所と奥の部屋とを仕切る壁にそのコンセントはあるから、寝室で寝ているときに火が起きていたら、助かりようがなかったと思う。

最後まで残っていた消防署の人たちが立ち去るとき、ありがとうございますと何度もお礼を言っていたのだけど、なぜか消防署の方たちもありがとうございます、と言うので、いえいえいえ、と言っていると、靴を履き終わった隊員の方が向き直って、お母さんの迅速な対応で火事が食い止められたので、本当に、こちらがありがとうございます、なんですよ。と言われた。信じられない。消防署の人が偉い人だとは思っていたけど、世の中には市民みたいなものを自分自身の主語として生きている人がいるのだ。そういう主語からわたしは褒められてしまった。なにか頭の中がすごく大きく転倒した感覚があった。


もともと、寝室の電気はわたしの不精のために一年以上切れっぱなしになっていたのだけど、今回のことで、台所の電気もつかなくなり、そしてなぜか、居間のコンセントも使えなくなり、家の電気が半分だめになってしまった。